片思いなんて楽しいモンだよ、

なんて、

強がりがいえたらいいのに。




「マージーかーよー」
「なに、まーた赤点なワケ?」
「うっせー」

隣の席の切原赤也、14歳(誕生日がわからないからなんともいえないの)は英語が大の苦手である。
ちなみに私は英語が大の得意である。そんな赤也は私の点数をみてブーブーと文句をいう。何気ない、
いつものテスト後。

「あーあ、俺等日本人なんだから英語なんてやんなくてよくねーか?」
「でも外国行く時に必要じゃん」
「別に外国いかなきゃいいだろ」
「新婚旅行とかでも?」
「俺は結婚なんかしねーし」
「どっかに遊びに行く時でも?」
「俺は日本からでねぇ」

そんな無茶な、と苦笑すると、ちょっと怒ったような赤也が眼に入る。私はあはは、と笑って、

「勉強教えてあげようか?」
「・・・・・・・・・は?」
「どうせ、ど・う・せ、追試でしょ?」
「どうせってなんだよ、どうせって」
「まあ赤点取った時点で追試決定なんだよね?」
「うっせー、お前なんかに教えてもらわなくたって先輩に教えてもらうっつの」
「あーそー?幸村部長に怒られて?真田部長にはたかれて?丸井先輩たちには笑われて?それで教え
 てもらうの?」
「・・・柳生先輩とかいるし」
「自分で勉強しなさいとかいいそうじゃない?」

そういうと、はぁ、とため息を一回つく赤也。私はそれをニヤニヤとしながら見る。うわぁ、私って
悪趣味。

「・・・・・・・・・オネガイシマスオシエテクダサイ」
「なんでカタコトー?」
「・・・頼む、教えてくれ」
「りょーかい!」

バツが悪そうにしている赤也に私は笑う。私は赤也がスキだ。大好きだ。それは恋愛感情の意味で。
だってだって、スキなんだもん仕方ないじゃんか。友達としかみられていないような気がする。赤也
はいろんな女子と仲いいし。だから、私じゃない誰かを好きなような気がしてしまう。それが空しく
て寂しくて、でもまだ決まったわけじゃないから。でも、ちょっとでも一緒にいたいから、英語を教
えるなんて口実つけて。いや、勿論教えるんだけど、ね?









「んで?態々教えることになったんか」
「まぁ、仕方ないですし」
「律儀じゃのう」
「・・・・・・・・・・・・で?態々なんのようですか仁王先輩?今部活中でしょ?」
「かわいい後輩に会いに来たんじゃ」
「真田副部長に怒られますよ?相当恐いんですって?」
「真田のことしっとるんか」
「赤也によく聞いてます。よく殴られるって」
「プリッ、じゃぁ真田は印象悪いのう」
「いえ、あの赤也を厳しくしつけてくださってるんで逆に嬉しいです」

そういうと仁王先輩はハハッ、と笑った。今は放課後の時間。赤也は部活で、私はそれが終わるのを
待つことになった。今日は赤也の家でみっちり勉強会だ。まあそんなの口実なんだけど。赤也と一緒
にいたいがためのこと。いやはや、私卑怯かもしれない。いや、卑怯だ。でもまぁ仕方ない、恋する
乙女は強いのだ。

「ところでそんなに赤也のことがすきかの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・スキですよ、だからなにか」
「いや別に」

私はこの先輩が嫌いだ。だってだって私の事見下したような目で見るし、それになんか恐いし。恐怖
心だ恐怖心。仁王先輩はニヤニヤ笑って私を見てくる。なんだ。なんなんだ。何がしたいんだろう、
この人。

「協力しちゃろうか」
「遠慮します」
「・・・ずいぶん即答で断るのぉ?」
「なんか仁王先輩に絡むと面倒なことになりそうですから」
「キツイんじゃのぉ」

仁王先輩はまだニヤニヤと笑って私の事を見てくる。やめてくれませんかねその眼、その笑い。ちょ
っと、本気で恐いです。ある意味。すると、仁王先輩は私の顎を、ぐい、と持ち上げた。

「な、何するんですか!」
「いや?なんでも?」
「離してください!」
「嫌じゃ」

まだニヤニヤと笑う先輩は、離そうという気持が微塵もないのだろう。さらに上へ持ち上げる。そし
て私に顔を近づけてくる。

「このままだとキスできそうな勢いじゃのぉ」
「死んでください」
「無理な相談じゃ」

どんどん顔が近づいてくる。嫌だ、私この人好きじゃない、嫌だ!すると、そのとき、ガラッ、とド
アが開いた。

「なに、してるんスか・・」
「赤也・・・!」
「お、来たのぉ」

ドアの外に立っていたのは赤也で、赤也は汗をかいていて、走ってきたみたいだった。パッ、と私を
つかんでいた手を放すと、仁王先輩は何もしてません、という様に両手をあげた。いやいや、何かし
ましたから。かなりしてましたから。赤也はツカツカとこっちに来て、

「仁王先輩、何してたんスか」
「何も?」
「今、コイツに触ってたッスよね?」
「触ってただけじゃが?」
「・・・触らないでください」
「なんでじゃ、赤也のものじゃないんじゃろ?」
「・・・・でも、触らないで下さい、っていうかフクブチョーが探してたッスよ」
「なんじゃ・・・真田のヤツ、気が利かないヤツじゃのぉ」
「いいから早くいったほうがいいッスよ」

赤也はシッシッと仁王先輩を追いやって、私のほうに向き直った。その目つきが真剣で、見た途端私
はドキッとした。

「何もされなかったよな?」
「え、うん、触られただけ」
「ホントに?」
「・・・ホントに」
「・・・・・・よかった」

はぁ〜、と深く深くため息をついた赤也は、安心したように近くの席に座った。そして、また顔あげ
た。

「仁王先輩には気を付けろよ?」
「・・・へ?」
「あの人手はやいって超有名だし、はぁ〜・・危ねぇ」
「・・・ご、ごめん」
「いや、いいけど。自分の友達が仁王先輩の彼女とか俺気まずいじゃん」

“友達”、その言葉が胸に響く。そう、私と赤也は友達。普通の友達。だから、気まずい。それ以上
に見られてないことも知っていたし、だからといって悲しくなるわけじゃない。なのに、なのに。ど
うしてこんなに、泣きたいのだろう。

「・・?」
「・・・ん?」
「なんで泣いてんだよ・・」
「・・・・・え?」

泣いてない。泣いてないってば。何いってんの。でも、私の頬に一粒の水滴が落ちてきた。バカじゃ
ないの自分。こんなことで泣くなんて。バカじゃないの。友達宣言で泣くなんて。ウザイに決まって
る。こんな女。私でもウザイ。なんで、こんなことになってるんだろう。ダメだ私。

「どうしたんだよ」
「なんでもないよ・・」
「なんでもなくねぇだろ、おい」
「・・あ、ちょっと、眼にゴミが入ったの!洗ってくるから、ちょっと待ってて」

席を立ち上がって行こうとすると、腕をつかまれた。掴む手は力強くて、決して振りほどけない。で
も私は、赤也の顔を恐くて見れなかった。

「どうしたって聞いてんだよ、答えろ」
「・・・なんでもないって、眼にゴミが「ウソつけ」

いえない。赤也に友達宣言されたからなんて。そんなこといったら私の気持はモロバレだしそんなこ
とで泣く女々しいやつだって思われるし何より、ウザイ女として認識されてしまう。それだけはどう
しても嫌なんだ。必死で振りほどこうとしても振りほどけない。しかも尚更力が強くなってる。

「離してってば・・・」
「何で泣いてんのか教えてくれるまで離す気にはなんねぇよ」
「赤也、お願い」
「なんで泣いてんだよ、言えよ、俺なんかした?」
「なんでも、ない」

お願いだから、そんな風に言わないで。私の涙を更に増やすような事を言わないで。目頭が熱い。ど
んどんどんどん涙が流れていくのがわかった。やめてほしい。頼むからこの場からいなくならせてほ
しい。すると、赤也は私の腕を引き寄せて、自分の方に私を向かせた。

「言えよ、なんでだよ」
「なんでもないよ」
「言えつってんだろ、なんでだよ」
「いえないよ!」
「なんでだよ!」
「だって、だって、言えないよ・・・」

やめて、やめて、やめて。これ以上涙を増やさないで。泣かせないで。お願いだから今だけ一人にさ
せて。でも目の前の人はそんなことさせてくれない。私を離してはくれない。

「・・・なんで言えないんだよ」
「だって、」
「もしかして、お前仁王先輩が好きなのかよ?」
「・・・・・・・・は?」
「だから泣いてんの?自分の友達と仁王先輩の彼女だと気まずいとか俺がいったから?」

違う、違うよ。違うんだよ。そんなんじゃないんだよ。しかも赤也、またいったね。“友達”ってま
たいったね。これでも大変なんだよ。こらえてるつもりなんだよ。全然こらえられてなんてないけれ
ど。

「おい」
「なんでもないって」
「言え、言わないと離さねぇ」
「ヤダ、ヤメテ」
「無理」

赤也は立ち上がって、私を抱きしめる。何、するの。友達のクセに。なにしやがる。友達のくせに。
そういうことやめてよね。友達のくせに。友達の、くせに。言ってて自分で悲しくなる。自業自得。
本当に嫌。

「・・・やめて」
「ヤダね、なんで泣いたか聞き出すまで、やめねぇ」
「・・・やだよ」
「うるせぇよ」

ねえ赤也、その行動が何を意味するのか本当にわかってる?友達とわかってても本当に嬉しい。友達
とわかってても嬉しい。でも、やめて。そういう行動は唯期待させるだけだよ。本当にそれだけだよ。
私期待しちゃうよ。友達だっていわれたのに。釘刺されたのに。期待しちゃうよ。だからやめて。

「赤也」
「俺は、なんでお前が泣いたのか聞くまでやめない」

赤也のせいだよ。ねえ、赤也のせいだよ。赤也が私を泣かせたんだよ。ねえ。赤也。

「赤也のせいだよ・・・」
「・・・仁王先輩が好きだからかよ?」
「違うよ・・赤也が、友達なんていうから・・・」

ホラ、ウザイ女と思われる。うざったらしい女と思われる。友達っていわれただけで泣いて。なんて
女々しいんだろう。こんな自分、一番嫌いだ。赤也は、私を抱きしめる腕を放して、目をまん丸にし
て、私を見た。

「・・それだけ?」
「そうだよっ、女々しくて悪かったね、ウザイよ。こんな私ウザくてごめんねっ」
「・・・」
「なんかいってよ。ウザイならウザイっていってよ、ウゼェ女っていってよっ」

赤也はただ黙ったまま、黙ったまま私を見ている。何よ、なんなのよ。何かいってよ。ウザイってい
って私を切ってよ。頼むから。赤也は、私をじっと見たまま動かない。

「ねえ、赤也・・あか─────」

ふさがれた、口を塞がれた。赤也の、唇によって、塞がれた。キスしてる。私と赤也がキスしてる。
信じられない、この状況。何、なんで、何が、どうなってこうなってるの。ねえ。赤也は私からそっ
と唇を離すと、私のおでこに額をあてた。

「友達と思われて嫌なら、俺のことスキってとっていいんだよな?」
「・・・赤也・・・?」
「俺英語はできねぇけど、鈍くはねぇつもりだぜ」
「・・・あか・・」
「んで、俺も好き。お前気づかないなんて本当鈍感。バーカ」

私の額にデコピンされる。失礼な。私の気持に気づかなかった赤也も鈍感だよ。そんなこといいたく
ても、涙が止まらなくて、言わせてくれない。

「うわっ・・なんでまた泣いてんだよ、今度はなんだよ」
「う、嬉しなきだよーっばか!」
「・・・ったく、バカはお前だっつーの、バーカ」
「うるさい・・っ・・・ねえ赤也」
「なんだよ」
「・・・もっかい、さっきの言葉いって」
「ったく、仕方ねぇな」




「世界で一番、お前が好きだ」




私は赤也の腕の中でずっと泣いていた。











今の言をもう一度。













(ちなみに、勉強の事なんてすっかりさっぱり忘れていた)