「そういや今日バレンタインだったっけ。ごめん、忘れてたや!」




俺はこのときほど、自分が不幸な男と思った事は無いと思った。俺は多分、今日という日
を何気に楽しみにしていたのかもしれない。岳人や他のヤツ等には「2月14日?長太郎の
誕生日だろ?それ以外になにがあるんだ?」とかしらばっくれながら、バレンタインデー、
ということを忘れた事はなかった。本当に、結構期待をしていたのだ。


だけど今日、彼女にいわれたのはその言葉。


「・・・・は・・・?」
「いやだからさ、課題が終わってなくってさ。バレンタインなんて、すっかりさっぱり」
「・・・え・・・いや・・・俺、話がみえねぇんだけど」
「・・・いや、だからね。バレンタインなんて忘れてたって」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ?」

俺は今ほどマヌケな声を出したのは、多分久しぶりじゃないかと思う。何を考えている
んだコイツは。いや、確かにコイツが課題に追われていたことは知っていた。それを一
番近いラインでみていたのは、俺だった。でも、でもこれはないんじゃないか。いや、
確かに仕方ない事だとは思うけど。女子にとって、一大イベントではないのか、バレン
タインとは。こんなことを思う俺は女々しいと思う。本気で女々しいと罵られても仕方
ないとも思う。でも、一言だけ言わせてくれ。


俺だって、男だって、結構楽しみなんだぞバレンタイン!


ああ、クソ。彼女の顔が見れない。コイツはそんなこともわからず、きょとんとしてい
るに決まっている。だってコイツはそういうことについては超がつく程鈍感なんだ。バ
レンタインなんて、自分にそこまで関係ないと思ってる。俺がどれだけこの日を楽しみ
にしていたか。普段滅多に食べれないコイツの料理を、どれだけ楽しみにしていたか。
そこでなんで手作りと決まっているんだ、という突っ込みは聞かなかったことにしとく。

「・・・え、いや、ごめん宍戸。もしかして楽しみにしてた?」
「・・・いや、別に?んなわけねぇだろ。バカか」

嘘だ。本当は凄く楽しみにしてた。でも俺は多分、そういうイベントなんか興味ないよ
うに見えてるはずだから。ココは、そういわないと俺のメンツが立たねぇんだよ。って
いうか俺だって本当は別にそこまで余り気にしてなかったんだ。だけど、コイツがいた
から。コイツが、彼女で、初めてのバレンタインデーだから。楽しみにしてただけなん
だ。少しだけ、淡い期待をしていただけなんだ。まあそんなもの、今粉々に打ち砕かれ
たけどな!

「あ、いや、でも忘れてたけどさ。・・・うん、忘れてたんだよ!ごめんね!」
「いや、もういいって。仕方ねぇだろ。お前課題大変だったの俺だっ て知ってるし」
「・・・うん、ごめん。で、その代わりといっちゃなんなんだけど、さ」

バックの中からガサゴソと取り出したのは、シンプルな袋に入ったプレゼント。なんだ
コレ、と思って袋を開ければ、そこから出てきたのは、袋と同じくらいシンプルな俺好
みのシャープペンシル。

「いやー、宍戸がこの前振ってでるシャーペン欲しいっていったじゃん?なんか壊した
 とかいって」
「ん、ああ」
「なんかこの前丁度見つけたからさ、買っちゃった」

えへへ、と少し照れたように笑う彼女には、適わない。俺は、はぁ、と大げさにため息
をつくと、そのシンプルなシャーペンを振った。中からはカチカチと音がして、芯が出
てくる。それを見て、少しだけニヤけそうになったのを、必死に抑える。


彼女は、覚えていてくれたのだ。俺がふとした瞬間にいった、何気ない一言を。


本当に、頼んだわけでもなんでもなく。俺がこの前課題を片付けている時にシャーペン
が壊れて、新しいのが欲しい、と呟いただけだった。それだけ、本当にそれだけで。次
に会ったときに、見つけた、といってそのシャーペンを持ってきてくれた。きっと探し
たのだろう。こんなモノ、すぐに見つかるわけが無い。コンビニとかに確かに売っては
いるが、それはなんとなく俺の好みとは程遠い。だから、多分。探してきてくれたのだ。
その優しさは、バレンタインデーのチョコよりも嬉しいものだった。

「・・・・ごめん」
「・・・は?何で宍戸が謝るのさ」
「いや、なんか、本当なんか、ごめん」

さっきの思いは、彼女はしらないはずなのに、謝ってしまう。なんてバカなことを考え
ていたのだろう。チョコじゃなくても、ちゃんと、愛はココにある。何もバレンタイン
デーに拘らなくてもいいんだ。ただ、それが一つのイベントなだけで。なんで彼女のこ
んな優しさにも気づかなかったのか。俺は本当にバカじゃないのか。

「・・・・いや、別に本当に宍戸は悪くないんだよ?っていうか、あたしこそ、バレン
 タインっていう一大行事忘れてて、ごめん」
「いや、いい。本当にお前は忙しかったし、お前そういうのにも興味なかっただろ?」
「うん、まあそれもあったけど。ちゃんと気づくべきだったね」

彼女は少しだけ肩を落とした。気にしなくていいのに、もうそんなこと。バレンタイン
を忘れさられただけでスネて、シャーペンをもらっただけで舞い上がる情けない俺。彼
女の方が、ずっと大人で、ずっとしっかりしているじゃないか。

「・・・・・・・・・・・・・・俺は、」
「ん?」

一言呟けば、顔を覗き込んでくる彼女。今日、本当にわかったんだ。バレンタインデー
よりも、チョコよりも大切なものがあるってことを。

「バレンタインデーのチョコよりも、このシャーペンよりも」
「え?」
「お前のほうが、俺には大切なんだよ」

そういって、彼女を抱きしめる。彼女は、え?と声をあげ、それから落ち着いたように
俺の背中に手を回した。好きなんだよ、と一言言えば、照れたように、あたしも、と呟
いた。少しだけ離して、頬に手を当て、ゆっくりと口付けを交わす。付き合って何度目
の口付けだろうか。昔から唇の柔らかさも、肌の滑らかさも、何も変わってなくて。そ
れが少しだけ安心して、唇を貪った。少し時間を置いて、離して、一言。

「お前をぜってー離さねぇ、どんなものよりも、お前が大切だ」




好きなら別に、チョコなんて関係ないってことを知った2月14日。

















チョコ<シャーペン<